カミの宿る場所 [コラム]

 わが家に電気釜がやってきた日のことを、正確には覚えていない。

 しかしそれは、革新的な出来事であったことには違いない。祖母や母は、それまで毎日欠かすことなく、朝早く起きてカマドに火を入れ、炊飯をしなければならなかったからだ。家々からカマドの煙が途絶えたのは何時の事だったか。わが家のカマドは昭和五〇年頃と比較的遅くまで機能し、私も焚き木の準備などをしたことがある。

 日本にカマドが大陸から伝わったのは、古墳時代の五世紀頃といわれている。それまでの縄文・弥生的な素朴なイロリにかわって、きわめて熱効率の良いカマドの登場は、現代の電気釜さながら衝撃的に受け入れられたことだろう。
 考古学という仕事がら、私は二〇〇を超す古代住居跡のカマドを発掘したが、きわめて興味深い事実を目の当たりにした。発掘されるカマドが、ことごとく破壊されているのだ。それは当時の人々が住居を新しくする際、古いカマドをわざわざ取り壊して、カマドに宿る神を送り出す行為と思われた。

 平安の陰陽師・安倍晴明によれば、カマドが使用されなくなりその祀りが途絶えると、廃竈神【すたれ・かまどがみ】が誕生するという。人々は祟り神である廃竈神の誕生を恐れ、カマドを壊したのか。いずれにせよその行為の裏には、カマドに対する深い信仰心があった。
 東北地方の農家などでは昨今まで、カマドの上にカマド神の面が掛かっていた。カマド信仰は古代より、脈々と息づいてきたといえる。

 今日、電磁式調理具なるものが普及し始め、台所でまったく火を見かけぬことも多い。利便性と安全性という名のもと、火の気のない台所は、もはや”神の宿る場所”ではなくなってしまったらしい。

朝日新聞(長野版)2007年1月掲載コラム 

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