日本旧石器学会賞・奨励賞 [人物]

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6月20日・21日、仙台東北大学片平キャンパスで、日本旧石器学会が開催された。

日本旧石器学会賞 須藤隆司さん(明治大学黒耀石研究センター)
同 奨励賞      鹿又喜隆さん(東北大学)
同 奨励賞      森先一貴さん(文化庁)

が受賞された。ほんとうにおめでとうございます。

気のせいか、より須藤さんが光り輝いて見えた。



木越邦彦先生 ご逝去 [人物]

C14年代の木越邦彦先生が,7月6日にご逝去されました(享年94歳).
木越先生は,放射性炭素の年代測定法をのフロンティアであり,全世界の第四紀学研究に多大な貢献をされました.
1983年~1984年度に日本第四紀学会会長を務められました.
謹んでご冥福をお祈りいたします。

本日は戸沢充則先生の命日 [人物]

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そういえば本4月9日は、2012年に戸沢先生がご逝去されて2年目の命日でした。
なにか先生がいないとは思えないが、明治でもない私をほんとうに可愛がってくれた。
改めて研究への精進を誓うばかりだ。学恩は絶えない。

写真は1992年の由井茂也さんの文部大臣表彰の2次会の席で。それから22年・・。
由井さん(2005年没)、そして戸沢先生も鬼籍に入られるとは・・・

あまりに月日の流れるのは早い。


マックス・プランク進化人類学研究所 スバンテ・ペーボ教授 [人物]

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Prof. Dr. Svante Pääbo

前回の約40万年前の人類の骨からDNAというニュースで、スバンテ・ペーボ教授のことが気になったのであたってみた。

1955年4月20日ストックホルム生まれ。スウェーデン人。
ライプツィヒのマックス・プランク進化人類学研究所で遺伝学部門を率いる。
ウプサラ大学でエジプト学、ロシア語、科学史、医学を学び、86年に分子免疫学で博士号を取得。カリフォルニア大学で研究を進め、90年にミュンヘン大学から生物学教授へと招へいされたのを機に、ドイツ在住者となった。

父は、1982年にノーベル医学賞を受賞した生化学者、スネ・ベリストローム氏(1916-2004)ということだ。ノーベル賞の受賞理由は、重要な生理活性物質の一群であるプロスタグランジンの発見およびその研究によるとのこと。

今回の約40万年前の人類の骨からDNAといい、デニソワ人といい、現生人類とネアンデルタール人の交雑の話題といい、エキサイティングな人物である。

韓国のアジア旧石器協会にも顔を出したそうですね。
生ペーボ見てみたい!

私って縄文顔?? [人物]

「あなたは完全な縄文顔だね」

最近、とある展示のプロジェクトで、人類学者の馬場悠男先生とご一緒する機会が多いのだが、先週、先生からこのような言葉を掛けられた。

自分でも小学生相手の展示解説の折、「私は典型的な縄文顔です」と説明することが多い。
が、大御所からいわれると、まさに納得してしまう八ケ岳であった。

ちょっとフクザツだが・・・

藤森栄一賞に富山の西井龍儀さん [人物]

第38回藤森栄一賞に富山県の西井龍儀さんが選ばれた。

さきの5月12日(日)、表彰式が千曲市長野県立歴史館で行われ、私もうかがってきた。

西井龍儀さんは、富山県出身で、現在一級建築士として株式会社新建築設計事務所専務取締役の職に就かれるかたわら、富山県考古学会会長として考古学の調査・研究・普及活動を牽引し、若手研究者の支援にも尽力されている。
その研究対象は旧石器時代から近世までと幅広く、富山県内の遺跡の分布調査・踏査を地道に実施し、その資料化に取り組んでこられた。
旧石器時代では、100箇所を超える遺跡を発見し、組み立てた編年はその後の指標となっている。

西井さん、本当におめでとうございます。


スティーブン・ミズン教授、オファー・バール=ヨセフ教授に ご挨拶 [人物]

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公開講演会「ネアンデルタール人と新人サピエンスの交替劇」では、スティーブン・ミズン教授(写真)にご挨拶でき、名刺もいただいた。また、『心の先史時代』を持参していたので、ミズン教授にサインもいただいた。
英国紳士で、正確にはミズンでなく、マイズンと発音するようだ。

バール=ヨセフ教授にも山田しょうさんの紹介でご挨拶させていただいた。
驚いたことに先生は私のことをご存じで、私の細石刃石器群の論文(カナダ・サイモンフレーザー大学刊)を読んだことがあり、他の論文もPDFを送ってほしいと、その後メールをくださった。
偶然にもたいへん光栄なチャンスであった。

ミズン教授は「ネアンデルタールに言語があったかどうかわからない。しかし、関係ないものを関係づけるメタファーの理解はできなかっただろう」といったのが印象的だった。
たとえば「うちの娘は花のように美しい」といっても、彼らにはその比喩が分からないだろう、と述べていた。

小畑弘己さん、第25 回浜田青陵賞に! [人物]

今まで知らなかったのですが、熊本大学の小畑弘己さんが,第25 回浜田青陵賞(考古学)を受賞されました。
浜田青陵賞は,岸和田市にゆかりが深く,我が国考古学の先駆者として偉大な功績を残され,多くの後進を育成された濱田耕作(号,青陵)博士没後50 年にあたる1988 年に,「岸和田市文化賞条例」に基づき,岸和田市と朝日新聞社とが創設した賞です。
今回の受賞では,植物種子圧痕やそれを食べる虫の痕跡を調べ,中国東北部やシベリア東部にも及ぶ東北アジアで食用植物が栽培されるようになった歴史を、丹念に追跡した小畑さんの実証研究が評価されました。

さっそく、8/17に小畑さんご本人と祝杯をあげました。

でも小畑さん、すっかり植物の人になってしまい、少しさみしい気がします。
まぁ、石器じゃ、いろいろわからんからね・・・

角張淳一さんを偲ぶ会 [人物]

本年5月末、52歳で急逝した角張淳一さんを偲ぶ会が7月22日に行われる。

会場は角張さんの暮らした小諸、私八ケ岳も隣接する佐久市に住んでおり、近しいものだけで集まる。

彼は私より1年先輩で野沢北、私は野沢南高で、高校時代には相互の文化祭の研究発表を見あったりもした。しかし、彼は2浪したので、大学では学年が逆転した。

その後彼が旧石器研究を行っていたとは知らず、就職して2年後郷里で再会した。
彼とは、東大の安斎研に一緒に出かけたり、ビンフォードの講読会をやったり、はるか20年も昔のことだ。

捏造事件以降、何人もの人生の歯車が狂ったが、それを指摘した彼自身も先を急ぎすぎた。
今はただただ、ご冥福をお祈りするだけである。


戸沢充則先生を偲ぶ会 [人物]

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7月1日、明治大学において「戸沢充則先生を偲ぶ会」が開催された。

2500人に通知がなされたといい、500人近い方々が先生を偲んで集まった。
写真は教え子の大竹幸恵さんの先生を偲ぶ言葉。ほか何人かがご挨拶された。

私自身、もう20年近く会ったことがない方が、たくさん会場にいた。
北海道の鶴丸俊明先生も10年ぶりくらいで会った。

たくさんの方が先生を偲んで旧交をあたため、アミの2次会でも語らいは尽きなかった。


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